2012年1月10日 (火曜日)

『保育所入所の継続について』

保育園に子どもを預けていると、年に一回ちゃんと働いているかのチェックを受けます。うちは今回2回目です。

行政書士として独立してから、生活していけるだけの売上を上げられていないので(知り合いの既婚の女性行政書士が「3号だよ、3号」と言っていたけど「ははは、うちも3号ですよ」と苦笑しながら答える状態)、毎回この手続きの時はちょっぴり心が縮む思いがあります。

チェックといっても書面審査なので書面を出せばいいんですが。

職場なるものがあるか、と、保育料算定のために収入がどれぐらいあるか?という2点から要求されている書面です。

夫は勤め人なので(といっても自分が代表)、在職証明書と源泉徴収票。

私は個人事業主なので、就労状況報告書・スケジュール表(書式は区から送られてくる)と確定申告書(提出して受領印をもらった後の控え)のコピーを提出します。

あと、どの世帯も出すのが「家庭状況書」。住所とかまぁ今の家庭の基礎資料のようなもの。

この用紙と「出してくださいよ」の通知が入った封書が、今回は

昨年(2011年)12月15日付け で発行。

提出締め切り 2月13日(月)厳守

とあるので、「へ?確定申告の提出の受付より締め切りの方が早いの?」それともこれって前も直近年度じゃなくて、もっと前の年度の確定申告書を出すんだったっけ?と思って、前回の提出書類控えを見てみました。

(念の為、前年度にもらっている区の通知と提出済み書類をスキャンしてjpgファイルでPCに保存しています)

すると、前は年が明けて2月15日付けの通知が来て、提出締め切りが確定申告締め切りの翌日3月16日になっていました。今年は区の保育園担当部署も早め早めの仕事ということか。

ということで、通知の後まで読んでみると、税金関係の資料については締め切りが3月16日になっていました。とりあえず早く出せる資料からもらって前倒しで作業、ってことですかね。

保育園には税金使って面倒みてもらい、感謝してます!さぁ、ちゃんと税金払えるように今年も頑張ろう。

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2011年10月31日 (月曜日)

娘2歳6ヶ月の雑感、中耳炎予備軍

娘は先月26日で2歳6ヶ月を迎えました。

余りこのブログも更新しておらず、以前書いてからかなりたってるよなぁと思いながら、それでも見返すと9月に更新していたりします。

このブログは、2008年から09年までの間に書いた聖母病院についての記述に検索で辿り着いて読んでくださっている方が多いようで、「聖母病院」で検索すると上位に出てきます。以前、私のブログよりも「(戦時中に)米軍は聖母病院を知らなかった!」と、昔の聖母病院の事を取り上げているブログ記事の方が上位だったんですが。

流産の後に2回目の妊娠で誕生した娘は無事に成長して今に至っています。

2年半育児して何を感じるかというと、育児におそらく育児書って必要ない。解決すべき問題なんてない。ただその場その場でやりすごすしかない、ということ(あ、でも保育園に預けていてそちらからのアドバイスももらっているから言えるのかな)。

子どもが毎日やることに「問題がある」と感じるのは、つまりはこの子どもを取り巻く人間、もっと大きくは社会がどうあるかによって決まってくる。要は「相対的」ということ。例えば子どもが走り回って甲高い声をあげるこの一つのことも、だだっぴろい田舎であれば「元気ね」と目を細めて済むところだが、都会の集合住宅だったり、人が多い電車の中では「うるさい、静かにさせなければ」という「問題」になってしまうわけで。

私としては、思いのままに体を動かすのが大事な年齢では、できるだけからだの動きを規制するようなことはしたくないなぁと思っています。後は、食事などもできるだけ怒ることなく「こうしようね」と普通に話してやれたら、と思います。

最近、長谷川一博さんという臨床心理関係の医師(家でのしつけのあり方と凶悪犯罪の心理の関係に詳しいようです)の書いた本を2冊読みましたが、自分が思っていたところに「それでいいです。余り気にしないで子育てしましょう」とおおらかに言ってもらえているような気がしました。

これの前の記事で、娘が保育園に登園した時に私から離れたがらない話を書きましたが、それ以後1~2週間でそういうこともなくなり、登園してすぐ場に出て遊んでいます。

先週から少々冷え込んでいるせいか、風邪を引き、熱はないものの鼻水・鼻づまりとそれにともなう咳をしています。夜中に鼻水が中で絡むのかそれで咳をして、就寝前に飲んだ水を吐いてしまったことも。

生まれて初めて耳を触ったりして「耳が痛い」というのですが、やっとどこが痛いといえるようになってきて、でも余り正確には表現ができないので、どっちの耳が痛いのかなども確信がないまま今回は耳鼻科に連れて行きました。(なお、近所の耳鼻科は生後6ヶ月以降なら診て貰えます)

するとやはり鼻の奥に鼻汁がたまっているし、耳を見ると鼓膜が内側にへこんでいるそう。鼓膜が内側に引っ張られている状況で、反対にいえば、鼻の置くの鼻汁が耳の方に吸い寄せられて流れやすくなっていて、「いつ中耳炎になってもおかしくない」状況だそうです。

耳鼻科といえば私自身にとってとても馴染みがある科です。幼児から小学校時代までは、毎冬耳鼻科にかからずに済むことはないぐらいでした。鼻かぜを引くとすぐに耳に通じてしまって中耳炎もしくは外耳炎、という結果になっていたからです。耳鼻科のお医者さんなくして私は生きていけないと思っていました。

だから、熱はないけど鼻かぜがひどいときは耳鼻科に連れて行きます。小児科でも鼻の吸引はやってもらえるのですが、耳に通じてしまってるかも、という恐れが自分の経験から来るからです。

鼓膜の状況の検査というのをして、結局本日の所は抗生物質他を処方されて、その後急いで保育園に連れて行きました。すでに11時過ぎだったので園のお昼には滑り込みセーフでした。保育園に着いてから薬を飲ませて(途中から保育士の先生が代わってくれました)ご飯を食べている背中を見てバイバイしてきました。

処方されてきた薬の中には、痛み止めのための坐薬がありました。痛いと起きた時などにワーワー泣くので、そういうときに使ってくださいとのことでした。

保育園に預けていると、一日三食が基本で処方される薬はその通り飲ませられないことも多いです。いつも行っている小児科は、預けている保育園の嘱託医でもあるので、そこを考慮して1日2回で処方してくれることもあるのですが、そういうお医者さんでない場合には、1日2回で飲ませられるか処方される前に先生に言っておかないといけないなぁと思いました。

今日は、処方箋を薬局に持っていってから気づき、薬剤師さんが薬を用意した後に話した所、お医者さんに問い合わせてくれて、3回で飲む抗生物質だけ「4時間あけて飲めばよい」という回答をもらい、昼の分を夕方早めに飲ませるということで解決することにしました。

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2011年9月30日 (金曜日)

保育園の朝

娘は今2歳5ヶ月を迎えたところ。ムラはあっても基本的によく食べるし、活発にしゃべる。保育園では少々お姉ちゃんぶりを発揮しているようで(ひとりっこなんですが)、家で見るよりも「いい子」の印象らしい。この家との差は保育園に入れて結構早くから感じてきたことだった。

ゼロ歳時クラスに0歳11ヶ月で入ってから、最初は「お母さんと離れたくない」というようなそぶりがあっても、余りひどくなく、毎朝クラスの部屋に連れて行くと即目の前のおもちゃに魅了されて私のことなど眼中になかった娘だったが・・・・・・。

ここ2~3日、保育園について自転車から降ろして園の建物の中に入ると「抱っこして」といい、クラスにあがってからも暫く抱っこのままでいてほしい模様。

今朝は下ろそうとしてもなかなか床に下りない。「もうすぐ(朝の)おやつだよ」「みんなと遊ぼうよ」と言っても「やだ」と言って私にしがみついたまま離れない。

先生によると、これぐらいの歳で「日中お母さんと離れている時間は長い」ということがわかってきて、それまで平気だったとしても、離れたくないという状況になってくるらしい。

これは新しい発見だった。もうすでに慣れきっている保育園と思っていたら、こんな風になるとはね。

それにしても、こんなに「お母さんと一緒にいたい!」と思われるのは、それなりに家でも感じるとは言え、園についてからだと、なんとなく感動もひとしおというか、おお、こんなに思われているのか、とちょっと涙。

子どもには、寝返り、歩く、喋るなどという表面的にわかりやすい成長の他に、こういう繊細な成長がたくさんあるのね。

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2011年4月19日 (火曜日)

原発について

原発事故をきっかけに、脱原発の広瀬隆さんの『原子炉時限爆弾』と言う本を読みました。これを読むといっぺんに脱原発派になれます。

原子炉時限爆弾

順調に稼動していて無事故であっても後々子孫に深刻な事態を押し付けることになる原発の仕組み、世界で一番といっていいほど地震が起こりやすく、なおかつ地震活動期に入っている日本で原発を作るのがいかに自殺行為か、また、設計はそれなりにできていても施工がいかにずさんでチェックが完全になされていないか・・・・・・
この本に書いてある大きな点を上げると上の3点ぐらいになると思います。白洲次郎ファンの方も一回読まれるといいと思います。この本では原発がらみで酷評されています。

原発反対というと、知ったような風に「反対反対というのは簡単だけど、現在の便利さを捨ててもいいのか?」という反論が上がりますが、少なくともこの本を読むと、我々の便利さ追求によって我々の子孫の首を絞めることになる!と危機感が迫ります。

数日前にNHKでマイケル・サンデル氏が日米中の学生と対話する番組をやっていました。
そこでは幾つものテーマがあって(このテーマ=問いがアメリカくさいよな~と言う感じが若干あったけど)、その中にも「現状維持か?それとも生活のレベルを落としても脱原発か?」というような問いが「究極の問い」として提示されていました。

この問いの立て方には正直うんざり。

哲学的遊びとしてあえて究極の問いを立てて考える、というならわかりますが、テレビで一般の人相手にやるのにこの問いがなされるのは違和感があります。
『原子炉時限爆弾』に書かれている情報が本当かどうかは私に判断できませんが、シンプルに考えれば、電力問題はお金と同じで需要と供給がバランスがとれればいい話。原発というのは大きな枠で考えれば数ある発電方法の一種類でしかありません。二酸化炭素は出さないようだけど、事故があれば子々孫々に影響を及ぼす放射性物質を出し、発電所周囲の土地を住めない土地にするという危険があるのは今回半分ぐらいは現実になってしまいました。そういう発電方式ではなくて他のものどうか?という考え方をせずに、原発は○か・か、と問うのは考えが余りにも狭すぎます。

需要側では、今まで電力消費が多くなってきたのは、みんなが持つ電気製品の数が増えてきたのもありますが、昔はガスや灯油などでまかなっていた者を「オール電化」で電気でまかなうように生活をシフトしてきたところも大きいようですから、そこをどうにかしないといけないわけで。要は需要・供給双方で数ある選択肢の中から、原発を使わなくてもいい方向に舵を切っていくことは、本気でやればできないことじゃないと思うのです。

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震災より1ヶ月強経って 誕生日の雑感

東京では余震はほとんどなくなってきて、日常がかなり戻ってきた最近です。
とは言えここ1週間は、私のもうすぐ2歳の娘がウイルス性胃腸炎にかかり(保育園に行っているとこういう病気は日常茶飯事)、私や夫もうつって熱や腹下しがあり、1週間ほど休みモードという非日常でした。

そうこうしていたら、昨日は、妹が女の子を出産し、そして今日は私の誕生日。この生まれた姪っ子は予定日よりも6日遅れの誕生でしたが、昨日「生まれたよ」と聞くまでは「私と誕生日ひょっとして同じになっちゃう~~?」と楽しみにしていました。

被災地の状況は依然大変、というか全てが復旧までこれからなのだろうなぁと想像しています。あれほど徹底的に破壊されてしまったけれど、まだそれから1ヶ月しか経ってないんですもんね。今回の震災よりも規模が小さい阪神淡路大震災も、ちょっと数年前まで仮設住宅に住んでいたご老人がいたような覚えがありますし。人が普通の生活を取り戻すとはいかに大変なことか。

福島原発の件で、原発と環境について私も考えるところがあり、脱原発の広瀬隆の本を読みました(これについてはまた別途書きます)。

ここの所、相変わらずラジオを聴いていますが、NHKラジオ第一では「きずな歌」の番組などがあり、それがなくても(特にNHKは?)きずなきずなという言葉ばかり言っている気がします。

地震が起きてからやたらと「日本人は団結してどうの」とか、戦前~戦中ってこうだったのかしら?と思ってしまうようなプロパガンダっぽい言葉が踊ってる感じがします。被災地は東京より田舎である程度コミュニティの力は強いのかなと思います。しかしマスコミはそれを「日本全体」に拡大しすぎな気がします。

FMのJ-WAVEの8時半過ぎの番組を好んで聴いてるのですが、そこに伊集院静さんが出ていて、東京での買占めについて「コミュニティとしての意識が壊れている」だか(正確ではありません)と言っていたけど、氏の住んでいる仙台はどうだかわからないものの、東京はまぁそうでしょうね、としかいえません。

東京は東京で、(住んで分かったのですが)案外地元で商売している人たちはコミュニティを維持しているように見えます。でも、勤め人は消防団に属しているとか祭り好きとか言うのでないと、ほとんどはコミュニティへの帰属意識はないでしょうし、東京(+周辺のベッドタウン)ってそもそもそういう風にできてるんだと思います。

私はいわゆるベッドタウンでしか生きてきたことがないので、地方から都会に出てきた人の感覚はわかりません。しかし、田舎での人とのつながりの温かさのウラにはうっとおしさもあるんだろうなと想像します。都会にはそういうものから逃れてきた人は多くいるはずで、だからこそほっとして生きられる面もあるはず。
震災に限らず、最近はマスコミはキズナキズナとよく言いますが、キズナとともについてくる裏の部分には全く触れずにいいとこ取りすぎではないか?と思います。

さてさて、東京で大きな地震が起きたらどうなるか・・・・・・。

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2011年3月23日 (水曜日)

好きなブログだが

私がたまに気づいた時に読んでいる、占星術・エッセイストのマドモアゼル・愛さんのブログ。

マドモアゼル・愛のぶらりブログ

この人のエッセイはインターネットが無かった時代から(ようは私が若いときから)雑誌や本で読んでいるので、全体的には好き。

10年ぐらい前からは、やはり今の社会がこれからどう変化していくか、と言うところに希望が見られる記述が多くて、自分を慰めるように読んでいるのだけれど……。

地震発生後の上のブログの記述はどうかね?と言う感じ。世の大きな流れだったりちょっとした物事に隠された本当の意味を見出すところはすごく好きなんだけど、今回の東京電力がらみの災難関係の話で、西日本からの電気の融通はできないところについて「日本を二分するだなんだ」の物言いは、結構おかしいような気が。

今の電気製品は東西日本どちらで使ってもいいような仕様になっているけれど、今30代の私だって小さい頃つかっていた勉強机には、東日本50ヘルツ、西日本60ヘルツだったかの切替スイッチがついてたぞ。愛さんはもう還暦なのだから、知っていておかしくないと思うんだけど。

今まで、なんとなく書き散らしている愛さんの文章が、つかみどころがないだけに不思議な読後感で好きではあったんだけど、大地震後のはいまいち?というところが一段と出てくるようになった。

とは言え、まだ読んでしまうんだけどな。

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地震発生後の毎日

3月11日の地震のそのとき。私は自宅兼事務所にいた。結構大きな地震だった(私の住む中野区はデータでは震度5強か弱)ので1回目の揺れのときには2階から靴をつっかけて1階に階段で逃げた。たまたま改修中なので工事の作業員の人たちと言葉を交わしてから一旦地震も収まったので家に戻り、再び揺れ(1回目よりは弱かったがそれでも結構大きかった)。

テレビをつけて見ると、東北宮城では震度7というし、東京でも九段会館では天井が落ちたとか、中野区でも倒壊した建物が・・・・・・などと言っている。確かに大きな地震だったが、それほどなのか!と全体から見た像をやっと理解し、1回目の地震発生から約1時間後にやっと娘のいる保育園に向かった。保育園では災害が発生したらとにかく駆けつけて欲しい、と言っていて、1回だけ「引き取り訓練」もしたことがある。行って見るとまさにその訓練時と同じ。そう複雑な手順があるわけではないが、訓練と言うのは大事だと思った日だった。

地震発生後、かなりラジオ・テレビにどっぷり。地震速報をキャッチするため。福島第一原発は初めの1週間は一つ一つの炉(といってよいのか)に異変があるたびにおお~おお~と言っていたが、それにも疲れてきた。

以前の同僚で良い友達の元中国人(今は日本国籍)女性が、先だっての三連休は、中国に住む親戚たちからの帰って来いコールと、輪番(計画)停電で暗い夜を一人暮らしですごすのに精神的に参ったようで、九州に一時的に旅行がてら逃げていた。

その連絡をよこしてきた時、彼女は「逃げたかったら親戚紹介するから」とも言っていた。しかし、やっぱりよっぽどのことがないと自分の住み慣れたところから逃げるのってそう軽くできることじゃないなぁ、としみじみ思った。

家族もいるし、私の場合は自営業と言ってもまともな客などまだいないのでいいとしても、子供を連れてどこかにいけるとはいえ、1歳の娘を連れての逃避行はなかなか大変。夫は仕事が福祉関係なのでやめればそく施設利用者が困るし収入もなくなる。逃げて困らないのはお金or資産がある金持ちだけだよな~結局。

そこからすると、外国人だって(外国出身者だって)日本で糧を得ている限りそうそう簡単には逃げられないのだと思う。彼女も会社勤めの身で、小さい会社なので社長と連絡を取りながらの一時的な九州逃避行だったよう。会社の仕事は週明けも通常通りありそうだし、結局3連休の最終日には戻ってきたとのことだった。

そんなことがあった矢先、東京新聞(3月22日付)に、福島県南相馬市在住で、屋内退避地区になった場所にい続ける元大学教授のことが紹介されていた。ブログで情報発信し続けている。

ブログ : モノディアロゴス

この人のブログを見ていると、被災地当事者としてマスコミやそこに出てくる解説学者への苛立ちもあるのだけれど、今まで市政県政を担ってきた首長たちの当事者意識のなさに憤っているのだと思う。だからこそ、国の言うことをきちんと信じて、屋内退避の地区なのだから、ここの人たちが地区を捨てて場合によってはここよりも悪い条件の避難所に行くのはおかしい、という意見。

私がまとめると↑のようにしかならないけど、誤読してるかもしれないし、地震以降の記事はそれほど膨大なものではないので、ブログを読んでみてください。

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2010年11月15日 (月曜日)

これから保育園はどうなるか?

この一つ前の記事で記事で書いた学習会に参加してきました。

保育つきだったので、保育園に迎えに行きその後会場の中野区役所に直行。子ども連れの保護者は私一人だったようで、娘は一人で保育士さんに相手をしてもらっていました。

この日の学習会は講師が一人で、元東京都福祉局職員で今は地方自治に関しての活動をされている方でした。

この日の内容はなにも中野区に限らず全国に適用されるものです。

今政府で進められている、待機児解消のための緊急的な施策と共に、大きな流れとしては保育園と幼稚園を一元化する新システム構想があるのですが、その問題点が細かく語られました。

前提として、保育園と幼稚園を一元化するいわゆる「幼保一元化」をして「こども園」を作ろうという構想が進められているのに対して、この会は区の労働組合の主催なので、保育士の立場からの危機感があるというのがありますが、実際に聞いてみると保護者(利用者)にしても危機感を持たざるを得ない状況・・・・・・。

まず、保育園を考えるにあたっての基本。

保育園についての基本的なことは「児童福祉法」に定められてるそうなのですが、何かしら事情があって、家で子どもを育てられない場合(多くは仕事をしている/するからですが、病気や介護、勉強のためというのもあります)を「保育に欠ける」と呼んで、それを解決する責任は市区町村にあるということ。

仕事したいけど子どもがいるんでしょ、それならその子どもにたくさんの保育料がかかるのも、保育園が少なくて大変なのも、産んで育ててるあなたのせいよ、という思想じゃないんですね。この児童福祉法に書いてある基本方針は憲法25条のバックがあって、ようは子どもの保護者だけでなく、公共団体も子どもを育てる義務があるよ、ということです。

そこで今問題になっている「待機児」ですが、これは実はもともとから法律で予定している概念ではないそうです。マスコミでも普通に「待機児」と言ってますからそれを毎日聞いている我々もそれが当然のように受け取って何も感じませんが、本来は、「公共団体が子どもを保育する義務がある」ので、みんなが保育園に入れるようにする必要があるのです。

昔は、入園申請をすると、入園の承諾をするか却下するかの判断をされていたらしいのですが、自治体(行政機関)が「却下」をすると、それに対して却下された側は訴訟や不服申し立てを行うことができます。そこでうったえられると困る役所側が考えたのは「却下」をしない別の方法。そこで「待機」という概念を作って運用し始めたということらしいのです。

子ども園の細かいところまではこの日は話はありませんでした。というのもまだ細かいところを国レベルで詰めていないから。今月に入ってから内閣府の特命チーム(あの村木厚子さんが入っているということで少し注目されましたが)が動いたり、子ども園についても当初の予定を繰り上げて早く実現させようという命令が首相から下っているらしいですが、保育料の負担がどうなるのか、幼保一体でそこで現状働いている幼稚園教諭・保育士はどうなるのか?などはまだ決まっていないようです。

とは言え、こういうことは決まってからあれこれパブコメで意見を出してみたり反対を唱えても時すでに遅し、ということが多いので、こういう講師の先生のようなアンテナの利く人が現状ある情報から政府がどうしていこうとしているのか占うことはとっても大事だと思います。

現状わかっているものでこの日説明があったものをかいつまんで書くと……

子ども園では、朝から午後2時ごろまでが幼稚園にあたる「教育」を行う時間、その後が保育。

今の保育園の方式だけでなく、親のニーズに応じて短時間・長時間・夜間……のいろんな「預けられる場」を作る。

というような話。まぁ国のやることですから、1番目は縦割り行政的思考からやっぱり抜け出られないかなと言う気はしますが……。

ただ問題なのは、上に述べた「児童福祉法」が改正(改悪?)されて、自治他の保育義務そのものが外されようとしているということ。そうでなくとも、小泉政権の頃から(いわゆる新自由主義思想にのっとって)保育園については国の出す額は減ってきて市区町村の負担が大変重くなっている。そこで市区町村の義務を外せばどうなるか?火を見るより明らか。個人個人が負担してよ、ということです。

今でも「認証保育所」は「認可保育園」よりも条件が悪いにもかかわらず保育料は高い。それは業者からすれば設置のハードルが低くて構えやすい代わりに市区町村の助成割合が少ないからだと思います。

2番目の長時間・短時間のさまざまなサービスが可能、というのは一見魅力的です。でも、これは保育士や実際に預けてみた保護者でないとわからない不都合があります。

子どもは大人以上に生活のリズムが一定していないと不安です。家で専業主婦で育てている人も変わらない認識だと思うのですが、子どもの一日のスケジュールは大体一定にしておかないと、親の勝手であちこち連れまわしたりすると不機嫌になって泣き喚いたりして大変です。散歩・外遊びはできるだけ朝食~昼食の間にして、昼食の後はお昼寝、その後は外遊びする場合もあるかもしれませんが、親としては夕飯の買出しやらもありますから一緒に外出することもありますね、こんな風にスケジュールを組んでおかないといけない。

預ける時間が便利になることと、保育料が自己負担になる(=高くなる)のが一緒になると、保護者としては、「必要最低限しか預けない」という思考回路になります。今でもできるだけ保護者が仕事が終わったら早めに迎えにいくとか、遅くでる方の親が預けに来てください、というように、できるだけ「子どもと親が一緒にいる時間が多くなるように」と言われますが、それでも朝9時ごろから午後4時頃までは保育園のスケジュールが敷かれていて、それにのっとって子どもたちは生活を送っている。それがめちゃくちゃになってしまうのです。

保育園では日々のレベルでは散歩など、月間・年間レベルでは運動会、七夕会などをみんなで集まってやりますが、保育時間がばらばらだったらそういうイベントもやりにくくなる。かなり子ども時代を送る園生活の質が下がるわけです。

ただ、今まで以上に空恐ろしい気持ちになるのは、この幼保一元化は、この経済が行き詰っている状況下で産業化して解決しよう、としているところ(これは保育以外に福祉全般に適用されようとしています)。私自身は、「産業化」そのものに対して反感はないのですが、問題は実際の中身がどうなるのか?というところ。

利潤を追求すると、おのずと「コストは削れ」という思想が生まれます。仕事を一旦休養して子どもに接する生活を経験してみて個人的に感じたのですが、子どもを育てる過程には余裕が必要。建物が安全性がないといけない、というようなハード面はもちろん、やはり一番は、面倒を見る保育士他の人たちが余裕をもっていい気持ちで毎日子どもたちに接することができること。そして体によいものが食べられること。そこにはやはり費用がかかるんです。

その面で、やはり公的な機関がやるべきことってあるんだと思います。福祉が利潤第一主義の「会社組織」にそぐわない面があるのは認めないといけないのではないかと思います。

ここまで読んでくださったあなた!

意見があれば、ぜひ国、厚生労働省、地方公共団体、地元選出の政治家にメールでよいので声を届けてください。

首相官邸 (←国民の声のページにいきます)

厚生労働省 (←上記同様)

地方公共団体、地元選出国会議員については、ご自分で調べてメールを出してみてください!

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2010年10月29日 (金曜日)

中野区の保育園のあり方について興味のある方へ

今、政府が幼稚園・保育園を一体化する「こども園」を創設する方向に動いているようですが(注:私はそれ以外の詳細はよく知りません)、それについて、中野区で中野区職員労働組合 保育園部会 というところが以下のような学習会を開くそうです。

今、保育園に子供を預けている方、これから預けようと思っている、空きを待っている方・・・・・・、特に参加資格は書かれていませんので、興味のある方はぜひご参加下さい。

私自身は、子供が誕生後1年半の間育児をして、半年強保育園に預けてみた経験を通して、子供の生活全体を考えると「幼稚園と保育園と言う風に分けるべきではない」と思っていて、こども園構想そのものには漠然と賛成だったのですが、一番大事なのは、子供たちがいきいきと外遊びや散歩ができ、みんなが一緒であるからこそできるよい環境の生活ができなければ、意味がありません。

以下は、同主催者のビラからの抜粋です。

<学習会へのお誘い>

開催日 場所

11月9日(火) 中野区役所 9階11・12・13会議室

11月11日(木) 中野区役所 9階11・12・13会議室

11月17日(水) 野方地域センター 洋室AB

11月19日(金) 野方地域センター 洋室AB

時間はいずれの日も18時15分~20時(開場は18時)

※保育室を設けています。お子様連れでも大丈夫です。

★主催者のコメント

「子ども・子育て新システム」とは、幼稚園や保育園の一体化(幼保一元化)を含め、特に就学前の子ども・子育て関連の制度・財源・給付について一元化するとして政府が構想している新制度です。

2011年に法律を変え、2013年度新制度を施行するというスケジュールが示されていますが、制度の内容や設計は不透明で、新たな財源も示されていないことなどから、保護者や保育関係者に大きな不安が広がっています」

ブログ主注※連絡先電話番号はこのビラに書かれていましたが、誤記だったのか、電話してみたところ、全く関係のない会社にかかってしまいましたので(電話に出た先方に番号を口頭で伝えたところ、番号の押し間違いではなかった)、ここには掲載しません。連絡先が後で分かりましたら追記します。

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2010年10月 7日 (木曜日)

占いの示すところ

若い頃、というか小学生ぐらいから占いが好きだった。

といっても、雑誌の○○座の今月、とか今日の運勢、というのは、西洋占星術の太陽のみを扱ったもので、余り宛にしていないし、大体「あたるかあたらないか」という観点から見るとやはり当たらないので、これではない。

もっぱら、自分が悩んだ時などに、ホロスコープを見てうんうんなるほどと唸る感じ。また、仕事の適正などを占うのに興味があるばかりで、いつ何が起こる、というのについては、雑誌とかコンピュータ占いレベルでは当たらなかったり、現実の状況を考えるとありえなかったりするので、そういうのは宛てにしていない。

まだパワーストーンという言葉がこんなにも世を席巻する前、ラピスクラブというところから買い物をしたことがあって、その会報に載っている占星術の先生たちに興味深々だった。

その中で、ぼちぼちと出される本を買って読んでいたのは、鏡リュウジさんと、そしてマドモアゼル・愛さんである。

マドモアゼル・愛さんは、会社にしばられない自分で創る生き方について書くことがどの本にも貫かれていると思う。人生相談も雑誌やラジオで行っている人だ。

昔の上述の会報では、初めの頃は生年月日も使って、占星術の技術も使って相談に答えていたようだが、そのうち、星は使わないで回答するようになった記憶がある。

この人が出した本は、何冊か読んで、手元に置いてたまに読み返した。そして、もう今から数年前になって、やっとネット上で、個人相談もやっていると言うのを知って申し込んでみたのだった。(それまで、占いは本を読んでやてみるだけで、人に占ってもらったことはない)

この人の著書などを読んでみて、この人はもちろん占いはしているけれど、人生相談などで答えているのを見ていると、占いでこうでるからこうしたほうが、というよりも、むしろ自分で考え自分で行動しなさい、とか、今の状況から抜け出てどうにか自分でやってみなさい、というのが多い気がする。

そこで、実際に面談で占ってもらった時に、聞いてみた。

占いというのはどういうときに当たるのか。

だか、

占いで出たことは避けられるのか

というようなことを。

すると、愛さんの答えは

「星は人の無意識に働きかける。それを分からないでその通りに無意識が動かされていれば当たる。その星の動きを本当に意識できれば、星から自由になれる。だから、だから、むしろ占いをしてそれがそのまま当たってしまうようではクライアントのためにはなっていないのだ」

というようなものだったと思う。

もうかれこれ4年ぐらい前の話で、正確にこうなのかは自信がないのだが、これを聞いて、かえって占いを追い求めてどこか縛られていた心が自由になった気がするのだった。

占い自身は、時間的に余裕がないと見たり読んだりするのもめんどくさいものだと思っている。多分、今後占いをすることはあまりないだろうな、と思う。

それにしても、この占いの時には、ホロスコープを作ることなく、私の生年月日を口頭で伝えただけだった。何人も観ていて、多くの星占いコンテンツを書いている人なので、星が○○年だったらどの位置にある、というようなことは、大惑星だったら大体頭の中に入っているのだろうか。それとも、占星術ではなくほかの占法を用いているのか……。医者が患者に聴診器を当てたり検査をしたり問診したりして、どの病気なのか判断するのに考えをめぐらすような感覚のように見えた。頭の中を見てみたい。

マドモアゼル・愛のぶらりブログ

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